セラフィータ(1)

四輪の乗り合い馬車がひっきりなしに駆け抜けていく秋の日の午後、彼は石畳に座り込んで両膝の間へ顔を埋めていた。
どことなく砂漠の民かインドの住民に似た衣装をまとっている。…もっとも、植民地反乱鎮圧時の記憶はもう、自分からは薄れてしまっているのだが。
しばらく足をとめて見ていたが、ふと、声をかけてみる気になった。
「何を、している?」
このロンドンに、浮浪児の存在は珍しいものではないことくらい重々に承知している。しかしなぜか、ロンドン警視庁―通称・スコットランド・ヤード、の犯罪捜査課所属・ヴィクター警部は興味をひかれたのだ。
「……」
「黙っていては分からんだろう。お前はこんなところで何をしていると、聞いているんだ」
「眠ってる」
顔を埋めたままで短く答えが返ってくる。髪の長さでは分からなかったが、その声からすると自分と同性かもしれないな、と思う。
「家出なら、早く帰ることだ。旅費くらい出してやるから、どこから来たのか言ってみろ」
「そんなのは、はじめからない」
「? ふざけてるのか」
腕をとって石畳から引き起こそうとすると、その人物は膝から初めて顔を上げた。
額にかかる前髪を邪魔そうにかきのけると、眠そうな表情を変えないままヴィクターを見上げる。
「…あなた、うるさいね。見知らぬ他人同士が関わるのには注意が必要なことくらい、警察勤めなら知っていて当然だと思うけれど?」
「!」
「お節介な態度と口調。教員か警官、となれば裕に警官基準をクリアーする体格からして後者。おまけに寒くもないのに手袋してるし。当たり前すぎて笑えるよね」
「……」
「僕は犯罪者じゃないから、これ以上関わる義務もない。じゃ、おやすみ」
「お前はー」
 再び膝に顔を埋めようとする彼の両肩を思わず掴んだ。
彼は眠りを邪魔された猫のように上目遣いで一瞥すると、異国的な衣装の裾からタロットカードを一組取り出した。恐ろしく器用な手つきで扇形に広げる。
「セラフィータがここでの通り名。占い師」
そう云うと、カードの一枚を細い指先で抜き出してみせる。
「『Wheel of fortune』…よき出会いまたは恋のチャンスあり。今日のあなたの運勢だよ。、興味があるならこれ以上は代金と引き替えに占うけれど?」
「当たってるかもな」
苦笑すると、首を振って少年の傍らから立ち上がった。コートの内側から紙の小片を取り出すとちびた鉛筆で自分の連絡先を書いて渡す。
「これを見せれば、救護院には連れていかれんはずだ、多分」
「たぶん…ね」
 紙片を弄びながらその目が本当に微かに笑ったように見えた。
「また機会があったら、寄る。それまでたたき込まれずにすんだらだがな」

元のようにうたた寝を始めた彼を残すと、ヴィクターはともり始めたガス灯の許を愛娘の待つ家路へと急いだ。

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