セラフィータ(5)

ヴィクター警部はデスクについて決して高いとはいえない葉巻をくゆらせていた。
今日もタイムズは平和な記事ばかりで、この軍隊上がりの人物を手こずらせるような事件は起きていないように思えた。
警部は一つのびをすると、椅子から立ち上がって窓の外を眺めた。
「すべて世はこともなし、か」
誰に聞かせることもなく呟く。そう、結局あの件は何者かが侵入して校舎内の壁掛け鏡が割られた事故として処理された。拳銃が関わったと云うことで警察も介入したが、ヴィクター警部は終始、自分の拳銃から発射された弾丸であることが発見されないよう祈るような気持ちでいた。あのことを皆に納得させる自信がなかったのだ。
鏡の中から、少女が腕を伸ばして
本を抱えていた腕ごと掴み、開かれた窓の外へと引き吊り落とそうとした。
その時の少女の顔は、歴戦をくぐり抜けた猛者である彼でさえ、忘れられそうにないものだった。
どうも娘の友人が抱えていた本は某ラテン語の教師が最近寄贈したものだったらしい。
自殺した彼女とは不貞関係にあったようだ…と、捜査に携わった誰かが云っていた。
本は、窓の真下の校庭に、落ちていた。かつて少女が飛び降りたのと同じ場所だった。
「礼をしにいかなくてはな…」
 たばこの灰を落とすと、煙を軽く吐き出した。
羽のような衣装をまとう占い師。皮肉屋で気紛れな。
彼―セラフィータ、が立ちはだかって娘たちを階下に突き飛ばさなければ、今頃はどうなっていたか分からないのだ。自分の拳銃が「通り道」を打ち砕くのに役に立ったのだけが、幸いといえば幸いだったが。
俺はああいった現象には、とんと役立たずだ。
首を振る彼の肩越しに、部下が声をかけてきた。
「警部、こんなものが現場にあったとのことですが、一応とっておきますか?」
銃弾に貫かれた一枚のタロットカードだった。描かれた絵は『Tower』 。
ヴィクターは軽く頷くと、それを受け取って懐へと入れた。
あいつの商売道具だからな。返しておいてやらなくてはいかんだろう。
帰りがけに寄るとするか、何か簡単な手みやげでも持って。まあ、こっちの行動なんかとうに見通されているだろうから、あまり喜ばれもせんだろうが。
それでもヴィクターは何となく楽しいような気分になり、葉巻の火をもみ消すと一人呟いてみた。
「本日の運勢は、…か」
夕闇にはまだ遠い。


「セラフィータ」 終わり
1997 11/14

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