今宵彼の岸にて(2)

「くしゅん!!」
「テムズ川で寒中水泳する占い師というのも珍しいな。タイムズでは取り上げてくれんだろうが」
「からかうつもりでそこに立ってるのなら帰ってほしいね。それともヤードの警部殿というのは、溺死しかけた一市民を凍死させるのが仕事な訳」
「だからこうやって火を焚いているだろう。これじゃ不服か?」
「僕は生憎野戦帰りのあなたと違って、像に踏まれても平気な身体は持ち合わせていないんだ」
相変わらずの憎まれ口を叩く、顔見知りの占い師―通称・セラフィータ―に上着をかけてやりながら、男は苦笑した。
「俺だってさすがに象に踏まれたら無事ではいないぞ」
「そう? あなたなら多分・・・くしゅん!」
「服のほうはまだ乾かないか。参ったな」
なかなか震えのおさまらない様子に、からかいすぎたかもしれないと、男―スコットランドヤード勤務・ヴィクター警部―は眉をひそめた。若い連中にシーツでも持ってこさせるか。いや、まだ時間は早いが、家に連れ帰って娘に面倒を見させた方が・・・
「ヴィクター」
「ん?」
セラフィータが上目遣いでこちらを見て言う。
「僕はクリスマスに水泳するのが趣味なんだ。変に気を回さないでほしいね」
「変わった趣味だな」
「そうやって御子様の生誕をお祝いするのも、芸術家の感性のなせる業だよ」
「俺には言い訳にしか聞こえんのだが」
言いながら、ヴィクター警部はこの人物が今宵をどうやって過ごすのか気になり・・・というか、定住地のないらしい彼を、聖夜くらいは自宅に招待しようと思って呼びにきたらこんな状態だったのだ・・・こほん、と一つ咳払いをした。
「いや、まあ、それはともかくとして、これから家へこないか。娘もお前に会いたがっているし」
少しの沈黙のあと、占い師は当惑した表情になると、首を傾げるようにした。
「ヴィクター、僕は"気を回さないで"って言ったつもりだけど?」
「すまん。思いつきで言っている訳ではないので気を悪くしないでくれ。実は、今日は最初からその予定でここにきたんだ。大したもてなしはできないが、ぜひ招待させてほしい」
「・・・」
乾きかけの髪の毛をゆるく手櫛で整えると、セラフィータは丁寧に首を横に振った。
「今は遠慮しておくよ」
「どうしてだ?」
あからさまに肩を落とすヴィクターをからかうように見上げる。
「まだ、号外が出ていない」
「号外?」
「ヴィクトリア女王の娘が今日はご出産予定だったと思うんだ。僕はその号外を見てから行く」
「ああ、そういうことか!お前も案外そういったことに興味があるのか」
手袋をはめた手を、ぽん、と叩く。そんな警部に上着を手渡しながら占い師はにやりと笑った。
「そういうこと。とりあえず、勤務時間過ぎてると思うけど?」
「お、本当だ」
上着に肩袖を通すと、通りがかった四輪馬車を止めて慌てて乗り込んでゆく。声を立てずに笑いながら走り去る馬車を見送り、彼は再び炎へと近寄って手をかざした。

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