今宵彼の岸にて(3)

「号外〜! 号外〜!」


路頭で新聞売りの少年がタイムズ紙を勤務帰りの紳士たちに配り歩いている。ガス灯の点り始めた下でセラフィータもその一部を受け取ると、そのままくるりと丸めて貧民窟へと歩き出した。

「セラフィータ! あんたの占い当たったよ!!」
小路から初老の女性が駆け出してくる。
「生まれた?」
「ああ、ついさっきさ。あのやぶ医者には絶対駄目だって言われてたけどねえ、娘も無事だし言うことないよ」
飛び跳ねそうな彼女の様子に、占い師の目元が和らいだ。
「なら、よかったんじゃない」
「でも最初息が止まってたときは、あたしは本当に泣きそうだったよ・・・せっかくイエス様、うまくすれば次の女王様とも同じ日に生まれるってのにさ、あっちはご無事でこっちはこれかいってね・・・」
「次期女王陛下か。無事にお生まれになったみたいだね、読んでないけれど」
手にしていたタイムズを女性に手渡す。
彼女はとりあえずといった感じで紙面を広げてはみたが、活字の部分は無視して絵だけを見回した。
「無学なあたしにはさっぱり分からないけどねえ。まあ次の女王様も生まれたんじゃ、この国も安泰なんだろうね。上の方々が何とかして下さるさ」
恐らくは文盲である老女の白髪交じりの髪を眺めながら、セラフィータはやや複雑な面差しになった。

「・・・東風が吹くよ、ヴィクター。わが大英帝国は本当にこれからも強く栄え行くのかな」
「? あんたは時々難しいことを言うねえ」
「大した模倣じゃないんだけれどね」
自分で言いながら、彼は踵を返して歩き出した。


懐には濡れた一枚のカード。絵柄は壷から清水を注ぐ乙女―「希望」。
このカードが、当初の占いでは逆位置で現れていたことを知るのは、占い師当人しかいない、多分。
いや、あるいは。
この日にお生まれになったあの方なら、あるいはご存知かもしれない。
願わくば、生まれくる全ての命にささやかな幸せを。

更紗のような衣装をなびかせながら、セラフィータは聖夜に沸く石畳の路上に歩みを進めた。


2002・12・18

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