(3)ショータイム

 彼が顧問をしている天文部の…今となっては唯二人きりの生徒から懇願されて、舞台ソデに控えたのは演目の為だった。逐光テープで星座を形作った暗幕を下げて、照明を落とす。するとほのかに星座が浮かび上がる…というのが、その趣向であった。暗幕は2種類。部員は2名。1名がステージ上で解説をし、もう一人が暗幕を交代させる為に桟敷に昇ると、BGMと照明要員が足り無い。

 退屈な教員席にいるよりはよっぽどマシだろう、と快く引き受けた彼は、部長のアンジェリーク・リモージュから受け取った台本を薄暗い中でしげしげと眺めていた。

「なんだってBGMが北斗の拳で、星座が北斗七星とオリオン座なんだよ…。」
 あきれてつぶやく。

 すぐ横には副部長のロザリアも解説文をブツブツ繰り返し読んでいる。リモージュは桟敷で控えている。一番危険な役目だけに、さすがに「優しくない」と言われてはいるが、立場上責任のある彼は交代を申し出たのだが、暗い桟敷で天地を間違えられても困る、と強行に反対され、紹介が始まったらテープのスイッチを入れ、暗幕が降りてきたら照明を落とす。という役目に甘んじた。

 体操部の演目が終了し、ロザリアの出番がやってきた。

「先生。よろしくお願いします。」

 いつになく真剣な表情に軽くとまどい、彼は教え子を舞台ソデで見送った。

堂々としたもんだ。

と、彼は思った。ロザリアは姿勢も良く、声のとおりも良い。どこかしら貫禄というか威厳さえあると言っていいだろう。そんな彼女は彼にとって優秀な「教えるに値する」生徒の一人だ。
 一方、今、天井で控えているリモージュの方は、受持ちでさえないので(なにしろ彼女は文系クラスであるので)何を考えているのかいまひとつつかめないトコロがあった。 一見、お嬢然としているところがあるのだが、たった二人の部員しかおらず、会計さえも正式には置かれていないのだが、キッチリクラブ予算をとってきたりする。
 交渉ごとや、策略の得意なタイプ…というと非常に聞こえが悪いが、しっかりとした優等生ではあるが、それだけに、どこかルールから大きく逸脱しないロザリアとは好対照な組みあわせではある。
 そう、どこか底が知れない。だが、とにかく大物には違いなかった。

「それでは、天文部のクラブ紹介です。」

 総合司会をしている放送部のアナウンスが流れる。BGMのスイッチを入れると、やかましいBGMが場内を騒然とさせた。

 騒音をかき消すことなく、ロザリアのはりのある声が響いた。クラブ活動の内容を説明し終えると、それでは、と言い置いて、本日は皆さんに二つの星座をご覧に入れます。と、ステージ中央の暗幕を指し示す。照明を消すと、暗幕上に、北斗七星の像が蓄光テープで浮かびあがった。

 趣向としては悪くない。場内からざわめきがおきる。

 それではもう一つ。と、ロザリアが言うと、天井桟敷に控えていたアンジェリークが暗幕をするすると引き上げ…ようとした、が。

ガタン!!と、大きな音をたてて、

まずは暗幕が落ちた。

そして上履きが落ちてくる。

天井にチラチラと見えるのは、桟敷に上っていたリモージュの足。

羽目板から足を滑らせ、落ちたのだった。

 アリオスはあわてて照明を点け、ステージ中央まで駆け寄った。

「おい!何やってんだ!!」

 返事は無い。必死で登ろうとあがいているようだった。

「おい!だれか、桟敷まで行ってひっぱり上げろ!」

 教員席に向かって叫ぶ。教師の一人が、ステージ横のはしごをつたって上まで上がろうとした…刹那、リモージュの手が、羽目板から離れた。

 場内から悲鳴があがる。

 どすん。と、音がして、アリオスがアンジェリークを抱きとめたのがわかると、悲鳴が溜息に変わり。

 …そして、場内は騒然。

 アリオスはリモージュを降ろし、ロザリアを促し、天文部のクラブ紹介は途中で、撤収と相成った。

 場内のざわめきを放送部が必死になだめるたが無駄だった。アリオスは暗幕をかかえ、ステージを降りた。

「おい、大丈夫かよ。」
 アリオスが尋ねる。
「あ、私は何とか。…先生、本当にすいませんでした。」
 殊勝げにアンジェが言う。
「ったく、だから俺がやるって言っただろ。」
 これでまた教頭にどやされる…。とぶつぶつ言うアリオスを横目に、リモージュが見えないようにロザリアにピースサインを送る。
 ロザリアは困惑して、眉間の皺に指をあてた。

 これはリモージュの作戦だったのだ。顧問をステージまで引きずり出す為の。かなり危険な掛けではあったが、桟敷からの距離を計算し、大怪我はしない程度である事から考えついた捨て身の策略。
 計算通り。否、計算以上の効果があった事は場内の溜息でわかった。

「とりあえず、仮入部名簿、作っとかないとね。」
 にっこりと笑って、リモージュが言う。
「まったくあなたって…。」
 ロザリアが深く溜息をついた。

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